mashima
遠回りした経験は、本当に無駄なのか?
目的地までの最短ルートを調べたり、分からないことをインターネットで検索したり。
今では、できるだけ時間をかけずに答えを見つけることが当たり前になりました。
さらにAIを使えば、調べものだけでなく、文章の作成やアイデア出しまで短時間で行えるようになっています。
効率が良いことは、仕事でも日常生活でも大切です。
しかし、何でも最短距離で進めることが、本当に良いことなのでしょうか。

失敗したからこそ分かること
例えば、初めて料理を作ったときのことを考えてみます。
レシピどおりに作ったつもりでも、火加減を間違えたり、味付けが濃くなったり。思うようにいかないことがあります。
ところが、その失敗を経験すると、次は火加減に気をつけようとか、調味料は少しずつ入れようと考えるようになります。
最初から誰かに完璧な料理を作ってもらえば失敗はしませんが、自分で作れるようになるとは限りません。
仕事でも同じことが言えそうです。
試行錯誤を重ねた経験は、知識だけでなく、問題に気づく力や判断する力を育ててくれます。
効率化によって失うもの
AIに質問すれば、知りたいことを分かりやすく説明してくれます。
とても便利ですし、私自身、こうした技術には大きな可能性を感じています。
一方で、答えをすぐに手に入れられるようになったことで、自分で考える時間が減ってしまう可能性もあります。
分からないことを調べ、いくつかの答えを比較し、自分なりに考えてみる。
その過程では、最初に調べようと思っていたこととは違う発見に出会うこともあります。
本屋で目当ての本を探しているうちに、偶然手に取った別の本が面白かった。そんな経験に似ているかもしれません。
目的地へ早く着くことは大切ですが、途中の景色から得られるものもあるのでしょう。
無駄な時間と、意味のある遠回り
もちろん、すべての遠回りに価値があるわけではありません。
同じ失敗を何度も繰り返したり、改善できる作業に無駄な時間を使い続けたりすることまで、良い経験だと言うつもりはありません。
大切なのは、その時間から何を得られたかということです。
効率化できるところは効率化し、自分で考えたり経験したりすることが必要な場面には、きちんと時間を使う。
そんな使い分けができれば、便利な技術は私たちの可能性をさらに広げてくれるはずです。
遠回りは、後から意味が生まれることもある
人生を振り返ると、当時は無駄だと思っていた経験が、何年も経ってから役立つことがあります。
失敗した仕事、うまくいかなかった挑戦、思い通りにならなかった時間。
そのすべてが必ず役立つわけではありませんが、経験したからこそ分かることも少なくありません。
これからますます効率が求められる時代になると思います。
だからこそ、何でも急いで答えを出すのではなく、ときには自分で悩み、試してみる時間も大切にしたいものです。
遠回りだったかどうかは、その道を歩いているときには分からないものなのかもしれません。
