mashima
保有効果
「このロゴ、少し古く見えるのは分かっているんです。でも、ずっと使ってきたので変えるのはちょっと……」
ホームページや会社案内のリニューアルをしていると、こんな話になることがあります。
客観的に見れば、新しくした方が今の会社に合っている。それでも、長年使ってきたものには簡単に手を入れられない。
物でも同じです。
買う前なら「1万円では高い」と思っていたものでも、いったん自分のものになると「1万円では手放したくない」と感じることがあります。
人は、一度自分のものになったものを、持っていない時より高く評価しやすい傾向があります。
これを「保有効果」と呼びます。

「持っている」というだけで価値が変わる
面白いのは、商品の性能が変わったわけではないことです。
所有する前と後で、同じ商品です。
それでも、自分のものになった瞬間から、その商品に対する感じ方が変わります。
使った経験が生まれたり、思い出ができたり、「自分のもの」という感覚が加わったりするからです。
そして手放す場面では、「何かを得る」というより「今あるものを失う」という感覚になります。
人は一般に、同じ程度の利益を得る喜びよりも、失うことの痛みを強く感じやすいと考えられています。
保有効果には、こうした損失への心理も関係しています。
会社にも「手放したくないもの」がある
この心理は、企業の仕事にもよく表れます。
昔から使っているロゴ、会社案内、キャッチコピー、営業資料、ホームページ。
外から見ると変えた方がよさそうでも、社内では簡単に判断できません。
そこには単なるデザイン以上のものがあるからです。
創業した時につくったものかもしれない。先代が決めたものかもしれない。長い間お客様に覚えてもらってきたものかもしれない。
だから私たちも、「古いから変えましょう」と簡単には考えない方がいいと思っています。
その会社が何を大切にしてきたのかを知る必要があります。
保有効果を知っていると、変えたくないという気持ちを単なる抵抗として見るのではなく、その背景まで考えられるようになります。
リニューアルは、全部捨てることではない
ホームページのリニューアルというと、「今あるものを壊して、新しいものに変える」という印象を持たれることがあります。
でも、実際にはそうとは限りません。
長く使われてきた言葉が今でも会社らしさを表しているなら残せばいい。昔の写真に会社の歴史が詰まっているなら活かせばいい。ロゴそのものは変えず、使い方だけ整理することもできます。
大切なのは、新しいか古いかではありません。
今も価値があるかどうかです。
保有効果があるから何でも捨てるべき、ということでもありません。
むしろ、何を残すべきなのかを丁寧に考えることが大切です。
商品では「自分のもの」と感じた瞬間から変わる
保有効果は、商品やサービスの販売にも関係します。
たとえば、家具を自分の部屋に置いたところを想像する。車を試乗する。洋服を試着する。住宅のモデルハウスで実際の暮らしを体験する。
まだ購入していなくても、「自分が使ったらどうなるか」を具体的に想像できると、その商品との距離が少し縮まります。
ECサイトでも、お気に入りに登録した商品や、自分好みにカスタマイズした商品には、何となく特別な感覚を持つことがあります。
商品をただ見せるだけではなく、「自分が使っている状態」を想像してもらうことが、購入のきっかけになる場合があります。
広告では、使用後の姿を見せる
広告で商品の特徴だけを説明しても、まだ他人事のままです。
「高性能です」「便利です」「品質が良いです」と言われても、それが自分の生活とどう関係するのか分からなければ、なかなか実感できません。
そこで大切になるのが、使用する場面を見せることです。
住宅なら、建物だけではなく、そこで家族が過ごしている様子を見せる。
車なら、スペックだけではなく、その車で休日に出かける場面を想像させる。
飲食店なら、料理の写真だけではなく、家族の食事や記念日の時間まで伝える。
ホームページ制作なら、完成したサイトそのものだけではなく、それによって会社の情報が伝わり、問い合わせや採用につながっていく姿を考えてもらう。
「自分だったら」と想像できた時、商品は少しずつ自分に近い存在になります。
お客様が手放したくないものにも理由がある
制作の仕事では、こちらから見ると変えた方が良いと思うものでも、お客様が強く残したいと言う場合があります。
以前なら、「こちらの方がデザインとして良いので変えましょう」と考えていたかもしれません。
でも、なぜ残したいのかを聞くと、見え方が変わることがあります。
長年のお客様がその色で会社を覚えている。
創業者が考えた言葉なので残したい。
社員にとって大切なシンボルになっている。
そこにはデザインの良し悪しだけでは測れない価値があります。
私たち制作側が気をつけたいのは、自分たちには価値が見えないからといって、相手にとっても価値がないとは限らないということです。
逆に「持っているから」という理由だけで残していないか
一方で、保有効果が強すぎると、必要な変化を止めることもあります。
「昔から使っているから」
「お金をかけてつくったから」
「せっかく持っているから」
それだけの理由で、今の目的に合わないものを残していることもあります。
たとえば、以前の記事で触れた現状維持の心理とも少し重なります。
長く持っているものほど手放しにくく、その結果、今の会社に合っていないホームページや販促物を使い続けてしまう。
だから、一度考えてみる必要があります。
「大切だから残している」のか、それとも「持っているから手放せない」のか。
似ているようで、この二つは違います。
デザイン会社だからこそ、簡単に捨てない
リニューアルの仕事というと、新しくすることが価値のように思われるかもしれません。
でも、私たちは何でも新しくすればいいとは思っていません。
むしろ、今あるものの中から何を残すのかを考えることも、デザインの仕事です。
長く続いている会社には、積み重ねがあります。
その積み重ねを全部消してしまえば、きれいにはなっても、その会社らしさまで薄くなることがあります。
一方で、過去にこだわりすぎれば、今のお客様には伝わらなくなることもあります。
だから「残す」と「変える」の間を考える。
その判断をするためには、見た目だけではなく、その会社の歴史やお客様との関係まで知る必要があります。
保有効果から考える「価値」
保有効果とは、自分が所有しているものを、所有していない状態より高く評価しやすくなる心理です。
この心理を知ると、価値というものが商品そのものだけで決まっているわけではないことが分かります。
長く使った時間。
そこにある思い出。
自分で選んだという感覚。
会社が積み重ねてきた歴史。
そうしたものまで含めて、人は価値を感じています。
広告やデザインの仕事では、新しいものをつくる機会が多くあります。
でも、新しいものを提案する時ほど、その人や会社が今まで持ってきたものを知ることも大切です。
何を変えるのか。
何を残すのか。
そして、なぜそれを残したいのか。
保有効果を知ることは、人が物を手放せない理由を知るだけではなく、その人が何に価値を感じているのかを理解することにもつながります。
新しくすることだけがデザインではありません。
今まで大切にしてきたものを理解したうえで、これからも残すものと、これからのために変えるものを整理する。
そんな視点も、私たちの仕事には必要なのだと思います。
