mashima
ドアインザフェイス
「ホームページを全面的にリニューアルすると、このくらいの内容と費用になります。ただ、今すぐ全部を変える必要がなければ、まず採用ページだけを改善する方法もあります」
最初に大きな提案を聞いたあとで、もう少し小さな提案を聞くと、「それならお願いできそう」と感じることがあります。
心理学では、最初に大きな要求を提示し、それを断られたあとに、より小さな要求を提示すると受け入れられやすくなることを「ドア・イン・ザ・フェイス」と呼びます。
前回取り上げた「フット・イン・ザ・ドア」が、小さな依頼から少しずつ大きな依頼へ進む方法だったのに対して、今回は反対です。
大きな要求から、小さな要求へ。
営業や価格交渉などでも見かける考え方ですが、私たちの仕事では、単純な交渉テクニックとして使うより、「理想と現実の間で、どこまでやるかを整理する方法」として考える方が合っていると思います。

なぜ、小さなお願いが受け入れやすくなるのか
たとえば、知人から「今度の日曜日、一日引っ越しを手伝ってくれない?」と言われたとします。
一日となると難しいので断る。
すると、「じゃあ午前中だけでもお願いできない?」と言われる。
最初から「午前中だけ」と言われるよりも、少し受け入れやすく感じることがあります。
相手が「一日」から「午前中」へ譲歩してくれたことで、自分も少し応えようという気持ちが生まれることがあるからです。
また、最初の大きな要求と比較することで、次の要求が小さく感じられる面もあります。
ただし、必ずうまくいくというものではありません。最初の要求があまりにも不自然だったり、意図的な誘導だと感じられたりすれば、むしろ警戒されます。
制作の提案でも似た場面がある
ホームページ制作では、お客様の希望をすべて実現しようとすると、かなり大きな企画になることがあります。
会社紹介だけではなく、採用ページ、施工事例、動画撮影、写真撮影、SEO、記事制作、SNSとの連携、公開後の運用まで含めれば、当然費用も大きくなります。
そこで、「予算が合わないので値下げします」と単純に削ってしまうと、最初の見積もり自体の意味が分からなくなります。
それよりも、「理想的に考えるとここまで必要です。ただ、今回の目的を考えるなら、まずここまででも十分です」と整理した方が自然です。
全部やる場合と、優先する部分だけをやる場合。
その違いを説明したうえで、お客様に選んでもらう。
これは心理テクニックを使って契約を取るというより、提案の幅を示すということだと思います。
最初の大きな提案には、理由が必要
ドア・イン・ザ・フェイスを知ると、「最初にわざと高い金額を出しておけば、その後の金額が安く感じられるのでは」と考えることもできます。
でも、仕事ではこれはやらない方がいいと思います。
本当は100万円の仕事なのに、最初に200万円を出し、断られたら100万円に下げる。
これでは、お客様からすれば「最初の200万円は何だったのか」という話になります。
見積もりそのものへの信用を失います。
大きな提案をするなら、それだけの理由が必要です。
写真撮影も必要だから。
文章作成まで含むから。
今後の運用まで考えるから。
その内容を説明した結果として金額が大きくなるのであれば、それは正当な提案です。
そして予算が合わなければ、目的を守りながら何を減らせるかを考える。
値段を下げるのではなく、内容を整理する。
この違いは大切です。
「全部やるか、何もしないか」にしない
企業の課題は、すべて一度に解決できるとは限りません。
ホームページ全体を変えた方がいい。
会社案内も変えた方がいい。
採用ツールも必要。
SNSの発信も見直したい。
そう考えていくと、かなり大きな話になります。
すると、「そこまで予算は出せないので今回はやめておきます」となってしまうことがあります。
でも、本当に選択肢は「全部やる」か「何もしない」かの二つでしょうか。
まず問い合わせページだけ改善する。
採用ページだけ新しくする。
会社案内の内容だけ整理する。
そうした方法もあります。
大きな課題を見せたあとに、小さな実行案を用意しておく。
この考え方は、ドア・イン・ザ・フェイスを無理なく仕事に応用できる部分だと思います。
お客様が断った理由を考える
大きな提案を断られた時に、すぐ値下げする必要はありません。
なぜ断られたのかを考えることの方が大切です。
予算なのか。
時期なのか。
社内の準備が整っていないのか。
そもそも必要性を感じていないのか。
理由によって、次に出す提案は変わります。
予算が理由なら、優先順位をつけて規模を小さくできます。
時期の問題なら、今は設計だけ行い、制作を後にする方法もあります。
必要性が伝わっていないのであれば、そもそも提案内容を見直す必要があります。
「断られたから小さい提案を出す」のではなく、「断られた理由に合わせて提案を調整する」。
その方が、営業としても自然です。
広告でも、最初から購入だけを求めない
広告でも、大きな行動と小さな行動があります。
高額なサービスを見た人に、いきなり契約を求めるのはハードルがあります。
そこで、まず相談してもらう。
詳しい資料を見てもらう。
現在の課題について話を聞く。
そこから、本当に必要であれば契約へ進む。
これは厳密には、最初の大きな要求を断らせてから小さな要求を出すドア・イン・ザ・フェイスそのものとは少し違います。
ただ、「最終的な大きな行動しか用意しないのではなく、もう少し取りやすい行動も用意しておく」という点では、Webサイトや広告の設計にも参考になります。
大きな提案を見せることで、全体像が分かる
大きな提案には、もう一つ役割があります。
今すぐ全部を実施しなくても、「本来はどこまでやると良いのか」を知ることができることです。
たとえばホームページの相談で、今回は予算の都合からトップページと採用ページだけを改修したとします。
でも、将来的には写真撮影や実績ページ、SEO、運用まで取り組んだ方がいいと分かっていれば、次に何をするか考えやすくなります。
最初の大きな提案は、無駄ではありません。
会社が向かう方向を示す全体図になります。
その中から、今できるところを選ぶ。
私たちのように長くお客様と関わる仕事では、この考え方の方が大切だと思います。
値引きではなく「優先順位」を提案する
制作の現場では、「もう少し安くなりませんか」と相談されることがあります。
そこで一律に20%値引きしてしまえば、話は簡単です。
でも、それでは最初に出した価格の根拠がなくなります。
だから、私たちとしては「何を減らせば費用を抑えられるか」を考える方がいいと思っています。
写真撮影を先方にお願いする。
ページ数を整理する。
今回は必要性の低い機能を後回しにする。
制作後の運用を段階的に始める。
そうすることで、価格が下がる理由も明確になります。
大きな提案から小さな提案へ変える時に重要なのは、金額だけを小さくすることではなく、内容と目的を整理することです。
交渉テクニックより、選択肢をつくる
ドア・イン・ザ・フェイスは、「最初に無理な要求をして断らせ、本当に通したい要求をあとから出すテクニック」として紹介されることがあります。
確かに心理学的には、そのような形で研究されてきた方法です。
ただ、実際の商売で意図的に相手を断らせるような提案を繰り返せば、信頼は続きません。
私たちが参考にできるのは、もう少し違う部分だと思います。
理想的な案を示す。
難しければ、目的を残した現実的な案を出す。
さらに必要なら、小さく始める方法も考える。
そうやって、相手が無理なく判断できる選択肢をつくることです。
ドア・イン・ザ・フェイスから考える提案のあり方
ドア・イン・ザ・フェイスとは、最初に大きな依頼を提示し、それが断られたあとで、より小さな依頼をすると受け入れられやすくなる心理的な傾向です。
前回のフット・イン・ザ・ドアが、小さな行動から少しずつ関係を広げていく方法だとすれば、こちらは大きなところから現実的なところへ下げていく考え方です。
ただ、仕事で大切なのは、人の心理を利用して契約させることではありません。
最初の提案には根拠を持つ。
難しいと言われたら、なぜ難しいのかを聞く。
そのうえで、目的を損なわない範囲で現実的な方法を考える。
私たちの仕事でも、本当に必要なら大きな提案をします。
でも、お客様の予算や状況によっては、まず一部分から始める方法も一緒に考えます。
「全部やらなければ意味がない」とするのではなく、「今できることから、どこまで良くできるか」を考える。
ドア・イン・ザ・フェイスを仕事に活かすなら、相手を誘導する交渉術ではなく、理想の提案と現実的な提案の間に、きちんと選択肢をつくること。
その考え方が、私たちのような提案型の仕事には一番合っていると思います。
