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共感とは何か?
共感とは、ただ「分かる」と言ってもらうことではないと思います。
本当の共感は、言葉の意味だけで起きるものではありません。その人の中にある記憶や経験、感情、匂いや音や手触りのようなものまで含めて、心のどこかが反応した時に生まれるものです。
たとえば、はるか昔の人間の暮らしを想像してみると、夜は今のように明るくありませんでした。暗闇の中では、遠くで聞こえる音や、風の動き、獣の気配、土や草の匂いに敏感でなければ生きていけなかったはずです。目に見えるものだけではなく、聴覚や嗅覚、肌で感じる空気の変化まで使いながら、世界を受け取っていたのだと思います。
しかし現代は、昼も夜も明るく、情報の多くが画面を通して入ってきます。スマートフォン、テレビ、パソコン、看板、広告、SNS。私たちはとても視覚に頼った社会の中で暮らしています。
もちろん、見た目は大切です。デザインも写真も映像も、相手の心を動かす大きな入口になります。ただ、見た目だけで表現しようとすると、言葉はどうしても表面的になってしまいます。

■見た目だけでは、共感は浅くなる
たとえば、りんごを見た目だけで表現すると、「赤いりんご」「丸いりんご」という言葉になります。
間違ってはいません。確かにりんごは赤く、丸いものです。しかし、その言葉だけでは、読む人の心はあまり動きません。なぜなら、見えている情報をそのまま言葉にしているだけだからです。
でも、りんごを食べたことがある人なら、表現は変わります。
「シャキシャキしたりんご」「甘酸っぱいりんご」「かじった瞬間に果汁が広がるりんご」「冷蔵庫で冷やした、少しひんやりしたりんご」。そう言われると、急に頭の中にりんごの感覚が戻ってきます。
それは、見た目だけでなく、音や味や温度や記憶に触れているからです。
「赤い」は目で分かる情報です。しかし「シャキシャキ」は音であり、食感であり、経験です。「甘酸っぱい」は味覚であり、過去に食べた記憶とつながっています。共感は、このような経験の領域に触れた時に生まれやすいのだと思います。
■人は、言葉にならない部分で感じている
人は、自分で意識して考えていることだけで物事を判断しているわけではありません。
見た目、言葉、写真、データ、説明文。そうした目に見える情報は大切ですが、それだけで人の心が動いているわけではありません。その奥には、これまでの経験や思い出、好き嫌い、安心感、不安感、懐かしさ、期待感のような、言葉にしにくい領域があります。
何かを見た瞬間に「なんかいい」と感じることがあります。
理由を聞かれるとうまく説明できないけれど、なぜか惹かれる。なぜか安心する。なぜか気になる。こうした感覚は、頭で理屈を組み立てる前に、心や身体が先に反応している状態なのかもしれません。
共感とは、この言葉にならない部分に届くことです。
だから、伝える仕事では、説明だけでは足りません。分かりやすく伝えることは大切ですが、それ以上に、相手の中にある経験や感情とつながる言葉を探すことが必要になります。
■五感で表現すると、言葉に温度が出る
物事を表現する時、見た目だけで考えると、言葉はどうしても平面的になります。
きれい、かわいい、おいしい、楽しい、すごい。こうした言葉は便利ですが、それだけでは相手の中に具体的な感覚が生まれにくいものです。
そこで大切になるのが、五感で考えることです。
どんな色なのか。どんな音がするのか。どんな香りがするのか。どんな味がするのか。どんな手触りなのか。そこまで想像すると、言葉に温度が出てきます。
たとえば、パンを「おいしいパン」と言うだけではなく、「焼きたての香ばしい匂いがするパン」「外はカリッとして、中はふんわりしているパン」と言うと、読む人の中に具体的な感覚が生まれます。
温泉を「気持ちいい温泉」と言うだけではなく、「湯気の向こうに山が見えて、肩まで浸かると身体の力が抜けていく温泉」と言えば、そこにいるような感覚が少し生まれます。
人は、説明だけではなく、感覚に触れた時に動きます。
■経験しないと、深い言葉は出てこない
五感で表現するためには、やはり経験が必要です。
見ただけの人と、実際に食べた人では、言葉が変わります。資料だけを読んだ人と、現場に行った人では、表現の厚みが変わります。誰かから聞いた話だけで書いた文章と、自分で体験して感じた文章では、伝わるものが違います。
だから、取材や現場を見ることはとても大切です。
その場の空気、相手の表情、話す時の間、周りの音、匂い、温度。そういうものは、インターネットで調べただけではなかなか分かりません。でも、その小さな感覚が、あとで言葉をつくる時に大きな差になります。
共感を生む言葉は、頭の中だけで考えるものではありません。
見て、聞いて、触れて、食べて、歩いて、感じたことの中から生まれるものです。経験があるから、言葉に実感が宿ります。実感があるから、読む人の心にも届きやすくなります。
■「ワクワク」「ドキドキ」は、すごい言葉
誰が考えた言葉なのか分かりませんが、「ワクワク」や「ドキドキ」という言葉は、本当にすごい表現だと思います。
なぜなら、その言葉を聞いただけで、心の動きが分かるからです。
「期待しています」と言うより、「ワクワクしています」と言った方が、身体の内側から何かが弾んでいる感じが伝わります。「緊張しています」と言うより、「ドキドキしています」と言った方が、胸の鼓動まで想像できます。
これは、理屈の言葉ではなく、感覚の言葉です。
音の響きそのものが、心の動きを表しています。言葉の意味を説明されなくても、誰もがなんとなく分かる。そこに共感があります。
良い言葉は、説明しなくても感覚が伝わります。
■共感は、95%の中で生まれる
目に見える表現は5%だけと言われています。
写真がきれい、文字が読みやすい、デザインが整っている。もちろん、それらは大切です。しかし、本当に人の心が動くのは、その潜在的にある95%の領域で表現されます。
懐かしい。安心する。楽しそう。おいしそう。行ってみたい。誰かに教えたい。自分のことのように感じる。
こうした気持ちは、データや説明だけでは生まれにくいものです。そこには、経験や記憶や感情が関係しています。
だから、広告やデザインや文章を考える時には、見た目だけを整えるのではなく、相手の中にどんな感覚を呼び起こすのかを考える必要があります。
何を見せるかだけではなく、何を感じてもらうか。
そこまで考えることが、共感を生む表現につながります。
■共感とは、相手の経験に触れること
共感とは、相手に合わせることではありません。
ただ優しい言葉を並べることでも、分かりやすい説明をすることだけでもありません。相手の中にある経験や感情に触れ、「そうそう、分かる」「それ、感じたことがある」と思ってもらうことです。
そのためには、自分自身も経験しなければなりません。
現場を見ること。人の話を聞くこと。実際に試してみること。五感を使って感じること。そして、その感覚を言葉に変えること。
共感を生む表現は、きれいな言葉から生まれるのではなく、感じたことを丁寧にすくい上げるところから生まれるのだと思います。
見た目だけではなく、音、匂い、味、手触り、記憶、感情まで含めて表現する。
その時、言葉はただの説明ではなくなります。人の心に触れる言葉になります。
共感とは、きっとその瞬間に生まれるものなのだと思います。
