mashima
ダブルバインド
「何でも自由に意見を言ってください」
そう言われたので率直に意見を言ったら、「そこまで言わなくてもいいんじゃない?」と嫌な顔をされた。
こんな経験があると、次から困ります。
言えと言われている。でも、言うと嫌がられる。
どちらを選んでも正解にならない。
このように、相反するメッセージを同時に受け取り、どちらに従っても矛盾が生じるようなコミュニケーションを「ダブルバインド」と呼びます。
もともとはコミュニケーション研究の中で提唱された概念ですが、日常の人間関係や職場、接客、広告などを考える時にも参考になる視点です。
私たちのように「伝えること」を仕事にしていると、この矛盾は意外なところに潜んでいると感じます。

言葉と態度が違うと、人は迷う
たとえば、お店で「お気軽にご相談ください」と書いてあるのに、実際に問い合わせると、とても事務的な対応をされたとします。
Webサイトには親しみやすい写真が並び、「何でもご相談ください」と書かれている。
でも電話をすると、「まず内容をまとめてから連絡してください」と言われる。
これでは、お客様はどちらを信じればいいのか分かりません。
言葉では「歓迎しています」と伝えながら、実際の対応では「簡単には来ないでください」という空気を出しているからです。
こうした矛盾は、広告の中だけを見ているとなかなか気づきません。
ホームページの文章だけが優しくても、問い合わせフォームが難しすぎる。
「初めての方も安心」と書いてあるのに、専門用語ばかりが並んでいる。
「気軽に相談」と言いながら、問い合わせ時に予算や納期など多くの項目を入力させる。
これも、見る側からすると少し矛盾を感じる設計です。
「お客様第一」と言いながら、自社都合になっていないか
企業の発信では、「お客様第一」「お客様に寄り添う」といった言葉をよく見ます。
もちろん、大切な考え方です。
でも、本当にそうなっているかは、言葉以外の部分に表れます。
営業時間が分かりにくい。
問い合わせ方法が限られている。
料金がほとんど分からない。
質問するとすぐ契約の話になる。
こうした状態で「お客様第一」と言っても、受け取る側には矛盾して見えることがあります。
広告でどれだけ良いことを言っても、実際の体験が反対なら、その言葉はむしろ不信感につながります。
以前取り上げた「認知的不協和」とも少し似ていますが、ダブルバインドでは特に、相手が矛盾した二つのメッセージの間で身動きが取りにくくなることが問題になります。
採用広告では特に起きやすい
採用の場面でも、ダブルバインドのような矛盾は起こりやすいと思います。
「若い人の自由な発想を歓迎します」と求人に書かれている。
ところが入社すると、「昔からこのやり方だから」と新しい提案が通らない。
「失敗を恐れず挑戦してください」と言いながら、失敗すると強く叱られる。
「分からないことは何でも聞いて」と言いながら、質問すると「それくらい自分で考えて」と言われる。
これでは、社員はどう行動すればいいのか分からなくなります。
会社が掲げる言葉と、現場で実際に起きていることが違うからです。
採用サイトでは、会社を良く見せること以上に、実際の会社とのズレを減らすことが大切だと思います。
広告で約束したことは、入社後にも続いていなければなりません。
デザインでも矛盾は起きる
ダブルバインドは、言葉だけの問題ではありません。
デザインの中でも、似たような矛盾は起きます。
たとえば、高級感を伝えたい商品なのに、ページの中では「激安」「今だけ」「大特価」という表現が大量に使われている。
親しみやすい地域のお店なのに、Webサイトだけが極端に無機質で近寄りがたい。
初心者向けのサービスなのに、専門家向けのような難しいデザインや言葉になっている。
一つひとつを見ると間違っていなくても、組み合わせると違和感が生まれます。
ユーザーはその違和感を、「この広告は矛盾しています」と分析してくれるわけではありません。
なんとなく信用できない。
なんとなく自分には合わない。
なんとなく問い合わせしづらい。
そう感じて離れていきます。
だからデザインでは、言葉、写真、色、導線、実際のサービスまで、同じ方向を向いていることが大切です。
「自由に選んでください」が自由ではないこともある
販売の場面では、一見すると選択肢を与えているようで、実際には逃げ道がないことがあります。
たとえば、「AプランとBプラン、どちらになさいますか」と聞かれると、そもそも買わないという選択肢が見えにくくなることがあります。
こうした販売技法まで何でもダブルバインドと呼ぶのは正確ではありませんが、「相手に自由があるように見せながら、実際には選択肢を狭めていないか」という視点は大切です。
広告では、相手に決断を迫るほど反応が良くなるとは限りません。
「今すぐ申し込まなければ損です」
「この機会を逃すと後悔します」
こうした言葉ばかりでは、相手は自分で選んでいる感覚を失います。
私たちは、お客様が納得して選べる状態をつくる方が、長い関係にはつながると思っています。
社内のコミュニケーションにも多い
ダブルバインドについて考えると、広告以上に社内で思い当たることがあるかもしれません。
「自分で考えて動いて」と言われて動いたら、「勝手なことをしないで」と言われる。
「残業しないように」と言われる一方で、終わらない量の仕事が与えられる。
「困ったら相談して」と言われて相談すると、「まず自分で解決して」と返される。
こうした状態が続けば、人は何をしても注意されるように感じます。
すると、次第に自分から動かなくなります。
これは社員の能力の問題ではなく、指示の出し方に矛盾がある可能性もあります。
企業の広告を考える仕事をしていると、外向けの言葉をつくる前に、社内で実際にその言葉が成立しているかを確認することも大切だと感じます。
「言ったこと」より「受け取ったこと」
コミュニケーションで難しいのは、発信した側には矛盾しているつもりがないことです。
「そんな意味で言ったわけではない」
「普通なら分かると思った」
「こちらとしては親切のつもりだった」
そう思っていても、受け取った側が混乱しているなら、伝え方を見直す必要があります。
広告も同じです。
企業が何を言いたかったかだけではなく、見る人にどう受け取られたかが結果になります。
「安心してください」と書いたから安心してもらえるわけではありません。
安心できる情報や仕組みが必要です。
「簡単です」と書くなら、本当に簡単に使える必要があります。
「相談しやすい会社」と伝えるなら、問い合わせた後まで相談しやすくなければなりません。
広告は、約束でもある
私たちは広告やホームページをつくる時、そこに書かれる言葉は一つの約束でもあると思っています。
「丁寧に対応します」と書く。
「地域に寄り添います」と書く。
「初めてでも安心です」と書く。
その言葉を広告に出した瞬間、お客様はそれを前提に会社を見ます。
だから、コピーを考える時には、格好良い言葉をつくることだけでは足りません。
本当にその会社ができることなのか。
現場でも同じ対応になっているのか。
お客様が体験する部分まで一致しているのか。
そこまで考えなければ、良いコピーほど大きな矛盾を生むことがあります。
ダブルバインドから考える「伝える責任」
ダブルバインドとは、矛盾するメッセージによって、相手がどちらに従えばよいか分からなくなるようなコミュニケーションの状態です。
広告やマーケティングで考えるなら、重要なのは人の心理を利用することではありません。
むしろ、自分たちが相手を迷わせる矛盾をつくっていないかを確認することです。
「気軽に相談してください」と言いながら、相談しにくい仕組みになっていないか。
「お客様を大切にします」と言いながら、自社の都合ばかりを優先していないか。
「自由な会社です」と採用広告に書きながら、実際には自由に発言できない空気になっていないか。
広告と現場。
言葉と態度。
デザインとサービス。
そこが一致しているほど、相手は迷いません。
私たちの仕事は、魅力的な言葉をつくることだけではありません。
会社が本当にやっていることと、外へ伝えることをできるだけ近づけることでもあります。
言っていることと、やっていることが同じである。
当たり前のようですが、その当たり前が、企業への信頼をつくります。
ダブルバインドという考え方は、「どう言えば人を動かせるか」ではなく、自分たちの発信に矛盾がないかを見直すための視点として、広告や企業のコミュニケーションに活かせるのだと思います。
